2009-01-05 フィットネス・クラブ(白濱) [長年日記]
_ 昨年の12月30日(火)、フィットネス・クラブ年内営業最後の日に行き、サウナに入り、体重71.75kg。どうにか72kgを維持したまま年を越すことが出来ました。
元旦はお手製のお雑煮とおせち料理、初詣は歩いて30分のところにある「東伏見神社」、日記を見ると去年の元旦にも東伏見神社に行っているようです。
そして翌日2日、今年初めてのフィットネス・クラブ、体重71.50kg、年末年始のちょっと不規則な飲食の影響は体重には及んでおりませんでした。
3日は某県某市の知人の病院で診療のお手伝い。内科の救急の当番病院に当たっていたせいか、170人あまりの患者が来院(2.5人で対応)、インフルエンザ陽性者(圧倒的にA型が多かった)が非常に多く認められました。流行っている地域があるようです。
久しぶりに医者らしい仕事をやったような感じがしました。
今年は平穏な年なのか、波乱の年なのか、私的には「ゆっくりゆっくり頑張ろう」をモットーにしたいと思います。
2009-01-10 インドネシア1(白濱) [長年日記]
_ 最近インドネシアからのナースや介護士の日本での受け入れが話題になっております。
実は、平成15年12月より17年12月までの2年間、インドネシアの3人の看護師が認知症患者の介護実習のために和光病院に研修にきております。
3人はジョグジャカルタやその近辺の村の出身の看護師さん達でエティーさん、プジーさん、ディアンさんといい、3人は寮生活をし、大変まじめで一生懸命勉強をし、日本語も大分うまくなったそうです。
私が和光病院に勤める前の話で、病院の広報誌で知りました。
現在彼女らは、母国インドネシアの高齢者収容施設において、指導的立場で日本で学んだことを役立てながら一生懸命頑張っているということです。
この様な経緯があり、インドネシアのナースや介護士が日本で働くというようなことに議論が及ぶと、インドネシアの医療関係者や受入側の日本の関係部署の間で、和光病院の名前が話題にのぼるということです。
そして、インドネシアの使節団が来日しました。その話しは次回に。
2009-01-15 ンドネシア2(白濱) [長年日記]
_ インドネシアから、認知症などの高齢者医療施設等の関係者の使節団が来日し、医療法人社団翠会に付属する成増高等看護学校、介護施設、そして我が和光病院を訪門するという機会がありました。
最初の顔合わせを成増高等看護学校で行いましたが、団長さんは現大統領の顧問医をしている方でした。彼はインドネシア陸軍の軍医(准将One Star:一つ星)を経験し、現職にあるという紹介でした。一行は女医さんや介護・福祉等の関係者を中心とした、通訳を含めて10数名の一団でした。
一方、私がretired Mager General(元陸将補Two Star:二つ星)であると分かり、おたがいArmy DoctorのOBということで、すっかりうち解けた状況になり、その後の交流がスムーズに行ったような感じがします。
ことある毎に、団長の方から手をさしのべ、先に私に敬礼をするのです。長い間の習慣は怖いもので、私もちゃんと返礼しておりました。
キャリアーを共有しているということは共通の話題があり、何かと話がし易い面がありました。
彼らは、来日の本来の目的は両国の介護・福祉関係の調整等でありましたが、自衛隊の国際貢献の話や私が2006年12月にバンダ・アチェを訪問し、スマトラ沖地震(2004年12月)の復興状況を視察した時の話などにも大変関心を持ったようです。勿論和光病院の隅から隅まで案内いたしました。
認知症専門病院である和光病院に勤務する私が、自衛隊のOBでかつてのTwo Star、あわせて災害医療に非常に関心があり、NPOイームスジャパンの一員であることに、あらためて驚いていたようです。日本ではこのようなキャリアに関心を持つ人は余りいませんけどね。
後日、彼らは再び和光病院にやって来ることになります。
2009-01-20 インドネシア3(白濱) [長年日記]
_ インドネシアの最初の使節団が帰って3週間後、再び使節団が来日しました。
急遽、翠会本部より“例のインドネシアの一行が再来日し、明日和光病院に顔を出したい”という電話が入りました。
目的は、前回と同じくインドネシアの看護師、介護士の日本の高齢者収容施設等における受け入れのより具体的な交渉で、今一度和光病院を見たいということでした。
団長さんは前回の軍医さん上がりの方ではありませんでしたが、女医さんや通訳の方々は同じでした。
今回の団長さんは40歳代の、恰幅の良い方で、病院滞在時間30-40分と時間がなく、我が病院としては1個病棟とレントゲン科と外来部門を案内し、そそくさと帰られました。
病院の施設に感心しながら、相変わらずTwo Starの話とバンダ・アチェの話にも関心を示し、・・・・・。お茶も出さずにブリーフィングもせず。
帰られてからの話、恰幅の良い彼は、インドネシア政府の某省の長官だったということです。
院長の一言「お茶ぐらい出さなければいけなかったんじゃないかな」、でした。
どうやら彼らは和光病院(というよりは翠会グループの高齢者収容施設等)に関心を持ち、あわせてイームスジャパンにも、・・・・・持ったようです。
2009-01-24 杉並区の方々と(白濱) [長年日記]
_ 昨日(23日金)、東京都杉並区の区議会や区役所の防災・災害対策委員の方々(29名)を中心とした「杉並区・災害対策特別委員会」が立川市(東京都)にある国立病院機構災害医療センター」において研修を行いました。
私は、往路バスの中で「大規模模災害と災害時の対処・備蓄等について」という話を約40分間行いました。ハプニングといえばハプニングですが、準備したパワーポイントの資料、いざ始めようとしたところ使えませんでした。バスのヒューズが飛びんでしまいました(準備してきたインバーターの電圧とバスの電圧が異なっていた)。私は何回ともなく「バスの中でちゃんと出来るのか?」と念を押していたのですが。
幸いにして、全資料(パワーポイント57コマ、1コマを1頁に印刷)を人数分コピーして配布する準備が整えてありましたので、事なきを得ました。一枚一枚データを見ながら詳しく説明が出来ましたので、むしろ分かりやすかったのでは。
これも「危機管理」、パワーポイントは電源が飛んだら何も出来ません。
最前席でお客さんに向かい合って、背もたれにもたれて、マイク片手に喋る、過ぎゆく新青梅街道、五日市街道の景色を見送りながら、さながらガイドさんみたいに。バスの中での講演は初めての経験でした。いい経験でした。
現地では原口先生(同センター副センター長)による「災害医療」の講演、及びその後のディスカッション、同センターの備蓄庫等の見学を行いました。
各議員の方々は初めての経験だったのでは。これを機会に杉並区はより具体的な災害対処に取り組まれると聞いております。
少しでもお役に立てればと思っております。
2009-01-29 防衛医学セミナー(白濱) [長年日記]
_ 年1回、全国の自衛隊の医療・衛生関係者(医・歯・薬・看・検・X・・)が集ってセミナー及び学会が催されます。
1月28日(水)防衛医学セミナー、29日(木)第54回防衛衛生学会です。
今年の防衛医学セミナーの特別講演は、「日本のこれから」という題で、「国家の品格」を書かれた藤原正彦氏でした。「国家の品格」、発売と同時に隅から隅まで、目を皿のようにして一気に読みました。
本もさながら、実際の生の声を拝聴できて、大変納得出来た1日でした。
シンポジュームは「有事医療、特に戦傷病対応のための教育訓練法を探る」でした。シンポジストは自衛隊の医官(医師)のみでしたが、自衛隊の医療関係者以外、あるいは一般の有識者の参加があったら・・・、全くの私見です。
本日は一般口演、200題余り。
その様な折、ソマリア沖への海上自衛隊の派遣が現実のものとなってきております。相変わらずもたもたしながら。